BLOG

ブログ

学生の頃から世話になっていて、子供もお世話になっているスキークラブの団長(なぜか団)の快気祝い。快気といっても全快ではなく、病気とつきあっていくしかないと決まっての快気祝。
詳しくは聞かないけれど、団長はある程度自分の時間を意識しているのだと思う。そんなに具体的な話をしたわけではないのだけれど、人が生きられる時間には限りがあるということをリアルに感じているように見受けられた。
不謹慎な話かもしれないけど、病気で死ぬより事故や怪我で死ぬ方が辛い。突然やって来るそれは、本人も周りの人間も心の準備ができないと思うから。それに対して、治る見込みが限られている病気の場合、残りの時間が限られる分、計画が立てられるし、優先順位も明確になるんじゃないかと思った。
いや、人それぞれ生死観はあってよくて、あと、いざ当事者になってみないと分からないのだけれど、今のところ僕はそう思ってる。
当然だけど、死ぬまで生きるのは大事なことで、つまり、死ぬまで自分らしく生きることが大事。では、自分らしくというのはどの程度自分らしくかという問題があるけれど、僕は自分の頭で考えられなくなかったときかなと思うのだけど、それはどういう状態になったらそうなのかってこと。
ボケちゃったらどうなんだろう。自分のことも分からないくらいになっても生きていることは大事なのか、そこはもう少し考えないとだな。
分かりやすいのは意識がなくなったら終わりにしてもらうことか。
こういうことを考えるには宗教や哲学って役に立つのだろうと思う。

関連記事一覧