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新しいコンテンツを作っていて、リリースの準備をしているのだけど、これが遅々として進まない。理由は分かってる。それは、僕がそのコンテンツで使っている理論の専門家じゃないから。
いや、逃げといえば逃げなんだろうけど、逃げてるつもりはなくて、何となく後ろめたい気分になってしまうんだよね。
でも、それを誰が気にするの?
うん。誰も気にしないと思う。少なくとも、僕と組む人は気にしない。そして、組まない人は縁のない人だから気にする必要がないことも分かってる。なのに気になっちゃうんだよね。その、特定の誰、というのではなく。誰か?それとも、自分?かなぁ。

Q. 何かの責任を取ることが気になるの?
いや、そうではない。責任は自分で取るべきだと分かっているし、それを恐れているわけじゃない。それに、そんな事態になどならないということも感じてる。

Q. じゃあ何を気にしてるの?
うまく表現できない。多分、正しさとか、そういうことじゃないかと思う。自分の作ったものが正しいものであってもらいたいとか。

Q. その正しさは誰のため?
…間違えたことを伝えるのは良くない。せっかくお金を払ってもらうわけだから。

Q. それはたしかに良くないけど、伝えることの中に間違いがあることと、専門家じゃないことの関係は?
…専門家は間違えない…こともないか。

Q. だよね。専門家だって間違えるし、間違えかどうかすらわからないことのほうが多いよね。
…ですね。

Q. そもそも、間違えるってどういうこと?正しいことって何?
…分からない。効果を出せればそれが正しいことになるかな。

Q. じゃあ、もう一度。今作ろうとしているコンテンツは専門家じゃないと出来ないの?

A. まぁ、早くやれ。

ってことだ。

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