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そういえば、少し前に見たジオシティーズ終了のニュース
感慨深い。あんなにみんな使ってたホームページサービス(今回は敬意を持ってホームページで言葉を統一しよう)も終わるんだと思った。そして、きっとこれもサービスが終わったら削除されてしまうページだろう。

このニュースを見て三つ考えたことがある。
一つは広告の変化。僕らの知っていたインターネット広告のモデルではyahooですらサービスを提供できなくなったってこと。今のネット広告業界がどうなっているのか詳しくは分からないのだけれど、サービス利用者にコンテンツを作らせて、そこに広告を出して収益を上げるというモデルはもう成り立たないんだな。
こんなに環境が安価になってきたのに、それでももうやっていけないってこと。

もう一つは、やっぱり企業の提供する無料のサービスはいつか終わるということ。当たり前なのだけど、儲からないサービスを企業はやらない。様々なサービスが生まれて消えていく訳だけど、もし、長く使い続けたいなら、利用しているサービスが終わってしまっても、続けられる環境は自分で準備しておかないといけないってこと。

そして、これが僕にとってはとてもインパクトの有ることなのだけど、ホームページの役割が恐らく変わってきたのではないかってこと。
黎明期のホームページは、いろいろな人達が自分なりに工夫をして、人を集めてた。当時はホームページを作るのも結構面倒くさくて、だからホームページを持っている人同士が仲良さそうで、とても楽しげだった。人の集まるページを作っている人たちはとても大きな満足感があったと思うし、見ている僕たちは、そのページの作者と直接話ができて楽しかったし、いつか同じ様にホームページを作ろうと思ったりしてた。
そこにブログサービスが出てきて、沢山の人が簡単に自分のコンテンツをWebにアップできるようになった。でも、それでも文章を書いたり、写真を載せたり、見てもらうための工夫が必要だったと思う。そう、そういうWeb上のコンテンツは沢山の人に見てもらうために作ってた気がする。もう一つ、管理者と閲覧者が双方向にコミュニケーションできるようになって、その比率が上がってくると、ネガティブなコメントを書く輩がも増えたりして、そうなると場が荒れて大変だったなって、今思い出した(苦笑)
サービスが進化して細分化されたために、今では身内だけで気軽に承認欲求を満たせるツールが沢山ある。苦労してコンテンツを作らなくても、写真を撮って短い言葉でタグをつけてアップすれば、比較的簡単に「いいね」がついて、余計な議論もないし、きっと単純に楽しいというきもちはそこで満たされるんだろうなって。
だから面白いホームページをつくりたいなんて誰も思わない。まだあったことのない同好の誰かとコミュニケーションを取りたいからホームページを作ろうなんて誰も思わないってことだと思った。

でも、だからこそ、今僕がやろうとしていることは、意味があるって分かったよ。
ありがとうジオシティーズ。
僕は競合だったから使ったことなかったけど(苦笑)、当時僕が見ていたホームページもジオシティーズで運営しているものが沢山あった気がする。もう遠い昔のことだけど(涙)

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